鈴木出版株式会社

子育てエッセイ 連載11

松井るり子 岐阜市生まれ。児童文化専攻。文筆業。暮らしや子ども、子育て、絵本についての著書多数。
たおやかで独創的な目線から書かれた文章は、子育て中のお母さんをほがらかに励ましてくれます。 この連載は、冊子「こどものまど2012年度」(鈴木出版刊)に掲載されたものです。

松井るり子の子育てエッセイ

連載11 ヘボいけど、喜ばせたい

 梅雨明けでしょうか。長い雨がやっと上がったので、へびくんはお散歩に出かけました。『へびくんの おさんぽ』(いとう ひろし/作・絵鈴木出版)です。
 しばらく行くと、道のまんなかに大きな水たまりがありました。道をふさぐような大きさです。先へ進めるのでしょうか? でもへびくんは、こんなの、へっちゃらです。水たまりの向こう側に、頭をぽーんと投げ出して、後はしっぽを引っ込めればいいと思いました。水たまりを全身でまたぐ、その姿はまるで、へびでできた橋のようです。そこへアリンコが声をかけてきました。へびくんの背中の上を渡らせてほしいんですって。どうぞと答えると、そのアリ1匹に続いて3匹の計4匹、にとどまらず、かたつむり2匹、とかげ3匹、ねずみ5匹の、合計14匹が、ぞろぞろ、ぞろぞろ、ぞろぞろつながって、当然のような顔をして、「へびくん橋」の上を渡るではありませんか。
 でもまあ、へびくんにはそれも楽しかったようです。「ほかに渡ってみる人いませんか」と、橋業務遂行中のへびくんが、つい世の中のみなさんに声をかけてしまいました。すると、どうしたことでしょう、犬も、ライオンも、ゾウ!も遠慮なく、どかどか、どすどす、どしんどしんと「へびくん橋」を踏みしめて、渡ってゆくではありませんか。
 最初はベロ出しの上目遣いだったへびくんは、しまいに目をぐるぐる回してヘロヘロです。それでも胴体は、橋としてのお役目を、立派に果たし続けています。あっぱれです。へびくん自身もそう思ったらしくて、存分に「我ぼめ」した後、ようやく池の向こうから自分のしっぽを引っ込めました。散歩を続けようとしたへびくんは、疲れたあまりでしょうか、喉の渇きに気がついて、水たまりの水をすっかり飲み干しました。そうしてお腹をたっぷんたっぷん言わせながら、巨大ナメクジのような妙ちきりんな姿で、鼻から水を噴き出しつつ、お散歩を続けるのでした。
 このとぼけた徒労感に、にこにこと笑えてきます。ほんのちょっぴり、人を喜ばせることができたかも知れないから「ま、いっか」というこの感じには、何となく身に覚えがあります。徒労ばかりで儲かりまへん人生の、とほほな味わいとでも申しましょうか。これが案外、悪くないのでした。

 少女時代に愛読した、モンゴメリの『赤毛のアン』シリーズに、こんなせりふがありました。「人生の豊かさは、そこから取りだしたものの多さによってでなく、そこにつぎ込んだものの多さで決まる」。この言葉の意味がしみじみわかるのは、子どもを持ってからですね。みなさん同じ思いをなさっていると思いますが、「より豊かなものを、最も効率よくゲットするための情報収集が大事」という、それまでの姿勢がガラガラと崩れます。つぎ込むばかりの子育ての中で、今までにない豊かな思いがやってきます。

 槇村さとるのクラシックバレエマンガ『Do Da Dancin’ 2 ヴェネチア国際編』(集英社)に、美しいバレリーナのアンヌが、自分の娘を連れてパーティーに登場するところがあります。その場にいたバレエ仲間たちは、誰もアンヌに子どもがいたことを知りません。しかも突然連れて来た子どもは、小さな子どもではなく少女のようです。「そんなおっきな子をいつ産んだ?」「ダンスが一番と言いながら、ぬかりない」云々、皆、騒然とします。すると本人は、出産や育児で人間性を取り戻せるし、「キャリアと子供は次元が違うの。だから両方一緒にやっちゃいなさい」と言ってのけます。バレエのキャリアを積むことで精一杯のバレリーナに、出産をすすめるシーンです。なるほど、同次元で語ろうとするのがナンセンスなんですねえ。かっこよかったです。「次元が違う」をよく考えてみれば、今まで縦軸と横軸から成るxyの平面で生きていたところに、高さのz軸を加えた三次元を知れと言われるようなものですから、簡単ではありません。二次元に投影したときに、後退や挫折に見えることも多いのでしょう。でも三次元で考えれば、はるかな飛躍をしているに違いありません。アンヌさん、その説明、わかりやすいです! と感心しました。

 私が、まだ子どもにおっぱいをやっていたころのことです。赤んぼにおっぱいを飲ませた後、しばらく身体を立てたまま、とんとんと背中を軽く叩いて、げっぷを出させてから寝かせますね。そんなお世話が必要な、小さい子どもの短い腕がやっと届く、私の脇のあたりが、とんとんと軽く叩かれているのに気づいたときは、仰天しました。この子は私に「おかえし」をしてくれているんだ! 人にしてもらって気持ちのいいことを、自分でもやってみたいという意志を、こんなちっちゃな子が、持っていると知りました。
 絵本のへびくんが、つい誰かを喜ばせたいと思って、へろへろになりなりらも頑張ってしまうのと似た気持ちが、人間の赤んぼの中にもあったのです。そんな赤んぼだった子どもも、今では大人になりましたが、こんな具合に、小さかった自分の子どもに、ふと会えるような気がするのも、絵本の楽しいところの一つです。

バックナンバー

TOPに戻る