鈴木出版株式会社

子育てエッセイ 連載18

松井るり子 岐阜市生まれ。児童文化専攻。文筆業。暮らしや子ども、子育て、絵本についての著書多数。
たおやかで独創的な目線から書かれた文章は、子育て中のお母さんをほがらかに励ましてくれます。 この連載は、冊子「こどものまど2012年度」(鈴木出版刊)に掲載されたものです。

松井るり子の子育てエッセイ

連載18 入学準備も肯定形で

 小学校の入学前の健康診断の時のことです。内科の先生が、「今朝きみは、服を自分で着たんだね」と、末の息子をほめていました。なんでそんなことがわかるのかなと思ったら、半ズボンの下が、はだかんぼ。下着のパンツを省略していたのです。恥じ入る私をよそに、本人は得意そうでした。

 小学校入学に先立ち、まん中の子を「一日入学」に連れて行ったときのことです。「小学校では、こんなに楽しいことをします」というお話を、たくさんの年長さんと、その親たちで聞きました。最後に「それでは、小学校に早く来たいと思うひとー?」と先生がお尋ねになりました。よい子たちが「はーい!」と元気よく手を挙げて、返事をしました。
 「じゃあ、来たくないと思うひとー?」と先生がまたお尋ねになると、我が息子が「はーい!」と手を挙げました。たった一人の挙手に、本人がびっくりしてパッと立ち上がりました。その場で360°回って周りをぐるっと見渡し、不思議そうな顔で「ほんとーに、こんなとこに来たいの? きみ、来たい? きみは?」と、近くの子に次々と、質問を始めてくれるではありませんか。お母さん方、大笑い。私もつられて大笑い。内心では「うわあ! かわいい」と、満足でした。先生も笑って見ていらしたと記憶します。「小学校に来たくないひとなんて、ひとりもいませんね!」という、予定の念押しせりふを言いそびれた、苦笑だったようにも思いますが。

 とうに大人になってしまった子どもたちの、こんなことをはっきりと覚えているのは、やはり子どもを小学校に入れる私の緊張と不安が、大きかったからでしょう。この二人の上に娘もいるのですが、同じ遺伝子を備えて同じ環境で過ごしていても、面白いほど三人三様。入学に際しての心配ごとには、三回とも実に新たな気持ちで取り組まねばなりませんでした。なにしろ、自分の小学生時代を思い返してみると、悪くはなかったのですが、たやすいものでもありませんでしたから。親としては、子どもと一緒に過ごせる時間がたっぷりとあった幼児期と違って、学童期になると学校での拘束時間が飛躍的に延びるので、なんだか子どもが学校に取られてしまうようで、惜しくてたまりませんでした。

 子ども以上に緊張してしまう親をリラックスさせてくれる絵本が、『しょうがっこうへいこう』(斉藤洋/作、田中六大/絵、講談社)です。まずは表紙で、子どもたちをにこにこと迎えて下さる校長先生が、お日さまみたいな方です。語り起こしが、「幼稚園バスを待っても来ないから、みんなで楽しく歩いていこうね」というお誘いです。絵本の通学路は迷路遊びになっていて、道の途中にいろいろと、とぼけたオトモダチが待っていてくれます。間違い探しや文字あそび、数あそびなどのクイズをしながら、学校のいろんな場所と、学校の一日の時間をたどって、ああ、だいたいこんなもんか、ということがわかるつくりです。そのなかで、「おべんきょう」というものも、だいたい大丈夫そうだな、とわかってくる、実用的な小学校安心読本です。

 『くんちゃんのはじめてのがっこう』(ドロシー・マリノ/作、ペンギン社)もお薦めです。最初の一日で、学校と先生と勉強を大好きになってしまう、こぐまのくんちゃんの、幸せな学びのスタートが描かれます。おかあさんも、先生も、それはそれは素敵なんですよ。これは、大人になってもずっと持っていたい本です。
 入学準備でだいじなのは、「あれもこれもできるようにしておかないと、小学校に入ってから困りますよ!」というご忠告と脅しではありません。入学という一つの区切りの向こうは、「きっと大丈夫な世界」という、安心と信頼でしょう。この肯定形の絵本に、大人も子どもも気持ちがくつろぎます。先生への敬愛の気持ちの下地も、準備されます。

 よい子たちの中でたった一人、「こんなところに来たくない」と表明していた息子にとっても、入ってしまえば学校も悪くなかったようです。5年生の時に言いました。「ぼくね、学校がどういうところか、やっとわかったと思う。今までなんにもわからずにやってきたから、もう1回、5年生の頭で、3年生からやり直したい」。子どもの口から落第願いを聞こうとは思ってもいなかったので、またまた「うちの子、かわいい」と、親バカを炸裂させていました。
 あなたのお子さんが、学校生活を楽しくスタートされますように。

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