鈴木出版株式会社

子育てエッセイ 連載27

松井るり子 岐阜市生まれ。児童文化専攻。文筆業。暮らしや子ども、子育て、絵本についての著書多数。
たおやかで独創的な目線から書かれた文章は、子育て中のお母さんをほがらかに励ましてくれます。 この連載は、冊子「こどものまど2012年度」(鈴木出版刊)に掲載されたものです。 松井るり子の子育てエッセイ

連載27 「小さい者に支えられる」

 母親になる前は、自分一人のことだけを案じていればよかった私が、小さな子どもを初めて腕に抱いたとき、にわかに心配になりました。こんなナマモノを受け取ってしまって、どうしよう。責任、重すぎる。とりあえずこの子が死なないように、注意力全開にしなくては! と決心します。ところが、注意力なんて、そんなに継続できるものではありません。もしできたとしたら、伸び切ったゴムみたいに、こちらが壊れてしまうでしょう。たとえそれができたところで、人間の力では防ぎきれないことが、この世にはどうしてもあるのでした。非力ながら、せめて自力で防げるはずの災難は防いで、この子を守ろうという決意で、ぎゅっと子どもを抱き直します。
 本当に緊張していました。ちょっとでも具合が悪いとき、「ようす見」ということができませんでした。「これは重大な病気の、ほんのスタートかもしれない」と不安で、すぐ医者に走りました。それがあんまり大変だったので、ほどなく「この頻度は無理」と学習します。2番目、3番目の子どものときは「具合が悪いときも、あって当たり前。小さくても結構頑丈なつくりになっているから大丈夫」と思っていられました。
 あんなにピリピリしていて、最初の子には申しわけなかったと思います。その反面、自分でもまぶしいほどのあのういういしさは、最初の子だけと共有できた、特別な蜜月期間だったなとも思うのです。子どもと共にある喜びの、いわば通奏低音として鳴り響く、生きていることのはかなさと哀しさに、常に心をざわつかせていた気がします。それは、たとえあかんぼでも、一瞬一瞬を死んでゆかねばならない、ということでした。その哀しさに打ちのめされそうになりながら、腕に抱いているあかんぼが自分のところに来てくれた日を思い出して、胸が一杯になって泣く。その現場を「あんた、何泣きべそかいとんの」と、母に見とがめられたことがありました。説明するにはあまりにも神聖なことなので、「ちょっと思い出し泣き」とごまかしました。そんなことをしながら、腕の中にあかんぼが居てくれるから、私でもなんとかシャンとしていられるんだなと感じました。私がこの子を守っているようでいて、実は私が守られているとわかりました。

 『ぼくがまもってあげるね』(マーサ・アレクサンダー/作 ふしみみさを/訳 あすなろ書房)で、30年も昔のそんな気持ちを、鮮やかに思い出しました。寝間着姿の小さな坊やが、ぬいぐるみのくまを抱いて、夜の森を抜けていきます。猛獣がうようよいます。恐ろしげな咆吼も聞こえます。ぼくが守るから大丈夫だとくまを励ましたりなだめたりしながら、進みます。でもそのうち、おうちへの帰り道を見失ったようで、心配になってきました。するとくまが立ち上がり、ぼくの手を取り、肩に手を回し、ぼくを抱っこして、家のベッドに運んでくれます。翌朝ぼくは、くまに言いました。「昨日は楽しかったね」。あんなに怖そうにしていたのに、かわいい強がりです。
 ふと思いついて、ぼくとくまの絵の大きさを比べてみました。最初の方でぼくに抱っこされているとき、くまの大きさは、ぼくの3分の2くらいです。ところが途中で、ぼくが不安になった場面では、くまはぼくと同じ大きさで描かれています。さらに、ぼくを守り導く場面では、ぼくよりも1.5倍の大きさに。そして最後の場面では、またもとのサイズに戻っています。こうしてぬいぐるみのくまが、主人公の心情に合わせて大きくなったり小さくなったりしているのです。これはそのまま、小さな子どもを胸に抱いていたときの私が、不安を感じたときの、子どもに支えられるしくみにそっくりでした。普段はもちろん、自分が保護者です。でも例えば雷のとどろきや、囂々たる暴風に家が揺れるとき、恐怖を顕わにするまいと必死で自分を鼓舞しながら、「たいこのおけいこ」や「かぜさんだって」を子どもに歌ってやりました。おかげで本当に少し落ち着くことができました。こんないい子を腕に抱いているのだもの、私はともかく、この子に悪いことなんか起こるはずがない…という信仰のようなものが自分の中にあることにも、気づかされました。そして怖いことが去った後は、すごかった、ちょっとおもしろかったと強がったりするのです。

 同じマーサ・アレクサンダーの『こくばんくまさんつきへいく』(風木一人/訳 ほるぷ出版)でも、小さな坊やが大きなくまにすっぽり抱かれたまま、くまのことを心配し、励ましています。 『チャーリーのはじめてのよる』(エイミー・ヘスト/文 ヘレン・オクセンバリー/絵 さくまゆみこ/訳 岩崎書店)は、小さな坊やが腕に抱いた子犬によって、安心を獲得するお話です。
 小さな者が大きな者を守るという、同じテーマにつらぬかれるこれらの絵本には、ほぼ同時期に次々と出会いました。おかげで、かつての私も腕に抱く子どものおかげで強くなったことを思い出しました。

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