鈴木出版株式会社

子育てエッセイ 連載13

松井るり子 岐阜市生まれ。児童文化専攻。文筆業。暮らしや子ども、子育て、絵本についての著書多数。
たおやかで独創的な目線から書かれた文章は、子育て中のお母さんをほがらかに励ましてくれます。 この連載は、冊子「こどものまど2012年度」(鈴木出版刊)に掲載されたものです。

松井るり子の子育てエッセイ

連載13 集めるという願いかた

 好きな友が集めているものを、「単なるついで」といった、関心なさそうな顔で聞き出しておいて、実はしっかり記憶にとどめておくのは楽しいです。絵本展の売店で見つけたかえるの絵はがき(『ゆかいなかえる』『かえるごようじん』『かんがえるカエルくん』『ふたりはともだち』『かえるのいえさがし』等、かえる絵本はたくさんありますね)を、かえるグッズをコレクションしている友に出そう!なんて、想像するだけでうれしくなります。
 時々、講演をすることがあるのですが、最初に緊張をほぐすために、お隣同士でちょっとしたおしゃべりをしてから、発表していただきます。「私が好きで集めている物」をお尋ねしたときは、こんなものが登場しました。古布、リボン、箱、うまいもんのしおり、お子さんからの手紙、花の種、耳かき、マスキングテープ…。高額を競うようなものではなくて、皆さんいいセンスですね。ご年配の方が、「昔はあれこれ集めましたが、今は手放すことを心がけています」とおっしゃったときは、会場が「ほおーっ」と感心のためいきに包まれました。「断捨離」ブームに先立つこと10年も前の話です。
 コレクションというのは、数が多ければよいわけでもないようです。ある決まった物を決まった数だけ揃えることでパワーが増すというのが、マンガやアニメ、ゲームやおまけカードといった、傍流の子ども文化に、よく見られる現象のように思います。そうそう、『南総里見八犬伝』(曲亭馬琴/作)では「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌(じん・ぎ・れい・ち・ちゅう・しん・こう・てい)」の文字を刻んだ、八つの数珠の玉を持った男たちが結集すると、力を持つのでしたね。この八文字は、昔見たテレビ人形劇「新八犬伝」の挿入歌で覚えました。

 お隣の国、韓国では、不老長寿を祈る十の物を「十長生(じっちょうせい)」と言うそうです。『十長生をたずねて』(チェ・ヒャンラン/作 おおたけきよみ/訳 岩﨑書店)で知りました。日本でおめでたいとされる、鶴亀も入っています。絵本の登場順にご紹介しますね。神仙の乗り物、鶴。光と色の源、太陽。常緑たくましい松。天の秘密を知る鹿。堂々とゆるぎない岩。一度食べれば年を取らない不老草。未来を見通す亀。浄化力を持つ水。国を見守る山。恵みの雨をもたらす雲。
 主人公の「わたし」には、大の仲良しのおじいちゃんがいます。そのおじいちゃんが、病気で入院してしまいました。家にぽつんと置きざりにされた巾着袋の刺繍の鶴をなでているうち、おじいちゃんのために十長生を集めたら、元気になってもらえるかも知れないと、「わたし」は思いつきます。
 この先は空想なのか夢なのか、つもりかおはなしか、願いか祈りか…多分その全部なのでしょうね。「わたし」は、さまざまな質感の布絵の中を旅するように、十長生に出会っていきます。おかげでおじいちゃんと二人で、神仙の世界に遊ぶような、すばらしい時を持つことができました。しかしながら、おじいちゃんは戻ってきませんでした。せっかく不老長寿の十長生をそろえることができたのに。だいじな仲良しを失った「わたし」は、心の痛みを感じます。でも鏡に写った自分の顔の中に、 おじいちゃんによく似た目を見つけて、自分の中に生きているおじいちゃんを、感じ続けています。最後のページには、こうあります。
 「おじいちゃんに会いたいとは思っても、かなしいことはないのです」。  おじいちゃんへの思慕は、自分の中に残したまま、悲しみは手放そうと努力しながら、この先の日々を過ごしていくのでしょう。
 ところで、時には不思議なことも起こるのが、絵本の中の世界です。ここでも、うまい具合に十長生の宝物が見つかりました。おじいちゃんの病気が治るという主人公の願いが叶うのかなあ。そりゃ、叶ったらうれしいけど、あんまりご都合主義のハッピーエンドだったら、私はこの話を見限るだろうな。そうやって捨てていくには惜しい絵本だから困ったなと、お話から自分の気持ちを切り離すタイミングを計りながら、読んでいきました。私は絵本だからと言って、いえ、絵本だからこそ、うまく行き過ぎの安易なストーリーにしてほしくないと思っていました。でも、いざおじいちゃんの死という結末を迎えてみると、別な願いようもあったかもしれないと後ろめたくて、ちょっとつらい後味が残りました。人の死を扱った絵本ですもの、つらいのは当たり前ですね。でも、亡くなった人とのきずなは生き続けると感じられる、温かい絵本でした。

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