鈴木出版株式会社

子育てエッセイ 連載6

松井るり子 岐阜市生まれ。児童文化専攻。文筆業。暮らしや子ども、子育て、絵本についての著書多数。
たおやかで独創的な目線から書かれた文章は、子育て中のお母さんをほがらかに励ましてくれます。 この連載は、冊子「こどものまど2012年度」(鈴木出版刊)に掲載されたものです。

松井るり子の子育てエッセイ

連載6 おうちの中に美術館

 以前読んだ本に、「好きな絵はがきを集めて、オリジナル画集をつくっています」とあって、なるほど! とうれしくなりました。私が昔、初めてのボーナスで買った数冊の画集は、重くて場所取りで、印刷もどんどん「昔ふう」になっていくので、引っ越しのたびに手放して、今はもう1冊もありません。その点、絵はがきならかさばらないし、サイズが揃うし、本当に好きな絵「だけ」を取っておけます。他人の選になる画集の絵を「全部好き」なんて、ありえませんものね。展覧会のたびに買ってきた絵はがきを改めて眺めてみると、当然ながら100%大好きな絵です。「よしっ、これが私の画集」と決めると、ますます絵はがき買いが楽しみになりました。
 ある日、それを眺めていたら、貯め込んでいることが急に空しくなって、どんどん使い始めました。その代わりに、いただいた絵はがきを取っておくようになりました。それまでは「きれいだな。だけど使用済みを持ってても仕方ないか」と、後ろ髪を引かれる思いでお別れしてきたのです。アホでした。いただいた絵はがきをだいじにするようになってみると、「買った絵」よりも、「授かった絵」の方が、私とのご縁が深かったかもしれないと思います。絵はがきを眺めるたびに、その絵とも、画家とも、くださった方とも、仲良しの度合いが深まる気がします。
 絵本の棚も、私のオリジナル美術館のつもりでつくっています。これまで私が学んできたことを全部使って、妥協なく「美しい」と思える絵本だけを厳しく選んでとっています。ピカソやクレー、シャガールなどが描いた絵本がもしあったら、ぜひ我が家にお迎えしたいです。絵画鑑賞法を教えてくれる本も好きですが、それではなくて、芸術家の手になる「おはなし」の本を。

 フランスの画家、バルテュスの『ミツ~バルテュスによる四十枚の絵』(バルテュス/著 泰流社)は、すぐ本棚に加えたい1冊でした。これには、バルテュスが9歳の時に描いた40枚の絵が載っています。少年バルテュスが、猫に出会い、飼って、失うまでのことが40枚の絵を通じて物語のように描かれていますので、画集というより文字のない絵本といってもいいかと思います。序文には、リルケが文章を寄せています。ですが、この本を見つけたときには絶版でした。諦められず、図書館本をコピーして綴じて、好きなリボンで背張りしました。お話も自分で作って書き込み、愛蔵していました。それがなんと河出書房新社から復刊されています。美しい日本人妻を持った、背徳的な絵も多い大画家バルテュスですが、他のどの絵よりもこの絵本が好きという方は、多いのではないでしょうか。

 アメリカ美術の巨匠、ベン・シャーンを知ったのは、手のひらサイズのこもりうた絵本でした。いいなあ! この画家。ほかにないのかなと思っていたら、『ここが家だ ベン・シャーンの第五福竜丸』(ベン・シャーン/絵 アーサー・ビナード/構成・文 集英社)が出たので買いました。楽しいお話ではありません。怖い話です。小さい子どもには見せません。でも美しいのです。痛い、悲しい美しさが、この世にはあるのですね。原発事故を起こしてしまった私たちが、風化させてはならない話でもあると思います。

 親の仕事の一つに、「何が美しいかを子どもに教える」があると思います。食卓に載せるお皿や料理。子どもに着せるもの、親が着るもの。カーテンの色、庭の花。子どもにかける言葉、ふるまい、暮らしの全般を通して、親のセンスが子どもに流れ込んでいきます。私にとってこれは怖いことです。ヴィスコンティ監督の映画を、何本か見続けた学生時代、映画に出てくるあの豪華絢爛がそっくりそのまま、イタリア貴族の家に生まれた監督の普段の暮らしと知った時、私が芸術を理解するなんて、どう逆立ちしても無理なことに思えました。でもきれいなものが好きなので、そこと切り離されるのは寂しいのです。もともと芸術に関するささやかな理解力しかないのに、そのなかのさらに一部しか子どもに伝えられないのが情けないです。インテリアもおしゃれもよくわからない母親から、子どもたちはセンスを学びようがないだろうなと、申しわけない気持ちになりました。
 でもハッと気づけば、絵本がありました。私はここを通して、『何が美しいか』を子どもに伝えよう。そう思ったら元気になりました。絵は描けませんが、どの絵が美しいかについての考えは持っています。詩は書けませんが、どんな言葉が美しいかについての考えもあります。絵本はそれを具体的に見せてくれます。
 「何が美しいか」を教えることは、子どもに善悪をこと細かに教えること以上に、強力な道徳教育であったと思います。あなたの選ぶ美しい絵本で、おうちに小さな美術館をお作りくださいね。

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